パブリック・ドメイン 八杉貞利

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『ロシヤ文法』があると思っていたのですが、単著ではありませんでした。


『岩波ロシヤ語辞典 増訂版』の凡例ほか
「ロシア文語史概説」(『ロシヤ文化の研究』所収)

それから、


http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027563109-00
にも収められている『現代名家/文章大観』*1所収の「文章体の残存は恥辱なり」です。


以下は、『ロシヤ文化の研究』*2所収の略歴です。

八杉貞利先生略歴
 八杉貞利先生は明治九年九月十六日東京淺草に生誕された。明治三十三年七月東京帝國大學文科大學言語學科を卒業、恩師上田萬年博士の勸めに從ひロシヤ語を專攻することを決意され、同年九月東京外國語學校の別科(夜學)に入學、長谷川辰之助(二葉亭四迷)先生等から同語の手ほどきを受けられた。翌明治三十四年ロシヤ留學を命ぜられ、十一月東京を出發、ペテルブルグに赴かれた。同地で先生が主なる指導を受けられたのは、ペテルブルグ大學のボドゥエン・ド・クルテネー教授であつた。ロシヤ在留中の明治三十六年三月東京外國語學校教授の辭令を受けられたが、日露戰役のために留學期の繰上を餘儀なくされ、三十七年五月歸朝、直ちに東京外國語學校の教職に就かれ、以て今日に及んだ。その間明治三十七年九月東京帝國大學文學部講師、大正元年十月早稻田大學文學部講師の囑託を受けられた。早稻田大學の方は昭和十一年三月辭任された。これらの學部では現代ロシヤ語の外、教會スラヴ語、古代ロシヤ語、ロシヤ文語史、スラヴ系語論等を講義された。昭和十二年三月東京外國語學校教授を辭され、同時に同校講師となられたが、同年五月には同校名譽教授の名稱を受けられた。


同書の序。米川正夫(1965年歿)による。


 目下我國は世界的情勢の爲め非常時局に際會してゐ、從つて露語の必要は今後益々増大すべき運命を擔つてゐる。我日本の露語學は既に六七十年の長い歴史を有するが爲、他の歐羅巴語の如く外面的な華々しさこそないとは云へ、長足の進歩を遂げてゐるのは識者の夙に知るところである。この間もとより幾多の功勞者を出してゐるが、就中忘るべからざる恩人と云ふべきは、先づ古川常三郎、長谷川辰之助、鈴木於菟平、而して八杉貞利の諸先生の名を擧げなければならない。就中、長谷川二葉亭は露西亜文學を初めて我國に紹介した先驅者として、明治文學史に不朽の足跡を印した巨人であるが、他方それに優るとも劣らぬ偉大な業績を樹てられた人として、我八杉先生を擧ぐることに何人も異存ない所である。
 八杉先生の我國露語學に於る功績は、それまで主として、云はゞ勘と精紳とを以て進んでゐた露語研究に、他人の追從をゆるさぬ先生の緻密な頭腦と該博な科學的知識とをもつて、整然たる系統と理論的根據を與へられた事である。先生が主たる指導の位置に立たれて以來、東京外國語學校の露語學は鬱然として一の學派をなし、先生の薫陶を受けて、政治・社會・教育・藝術等、新日本の文化のあらゆる部門に有意義な活躍をしてゐる人士が、無慮五六千に達するの盛觀を示すに至つた。不省筆者も先生の教導のお庇で、些か乍らこの文化陣の一方を守る光榮を有する一人である。
 八杉先生は人材養成の方面で測るべからざる業績を威就されたのみならす、最近完成された大露和辭典の編纂によつて、多年の蘊蓄を具體化し、現代及び將來の露語研究者の爲めに煌々たる燈臺を建設せられた。これこそ先生の事業中最も萬人に感謝さるべきものであらう。
 最近母校の露語會誌を讀んだら、若し八杉先生が露語に移らず、專門の言語學に專念されたなら、疾くに博士號を獲得してゐられたらうに、と云ふ或人の言葉に對して、先生は莞爾と打ち笑まれ、自分は博士號の榮冠を得んよりも、寧ろ露語學に殉ずるを以て本懷とする、と答へられたとの事である。先生の高節欽仰に堪へぬではないか。 本文集は八杉先生の御還暦を祝賀する爲に、門人相寄つて捧呈した小やかな贈物であるが、教へ子のそれみ\の生長を語るものとして快く受けて頂き、我等も師恩の萬分の一に報ゆることが出來たやうに感じ、悦びこれに過ぐるはないと思つてゐる。しかし、この還暦祝といふ事は先生の永い生涯にあつて單に一つの道標に過ぎす、尚ほ久しきに亙つて露語界の爲に盡瘁して頂けること勿論で、例へば和露辭典の編纂の如きは、先生の深き造詣に俟たねばならぬ第一の仕事であらうと信する。
 序でながら、師恩に報ゆる爲に編まれたこの集が、萬々一、露西亜文化研究の爲に我々自身が考へてゐるよりも、案外多くの意義を有してゐるならばそれこそ望外の幸幅である。
 僭越ながら門下一同を代表して蕪辭を弄したことを謝し、併せて八杉先生の御健勝を所つてやまぬ。

昭和十三年十一月 米川正夫