昔話

北九州市の空気は汚かった。特に戸畑は汚かった。私の行っていたM山小学校が、「日本一空気の汚い小学校」ということで、空気清浄機かなにかが付けられた、という記憶がある。窓を閉められるように冷房機だったかな。
八幡製鉄の戸畑ナントヤラはもとより、沖台中小工場群とかいうのがあって、そのあたりからもモクモクと煙が上がっていたと思う。
汚い話で申し訳ないが、私は、子供のころは、鼻糞というのは真っ黒なものだと思っていた。これは、手が汚くて鼻糞をほじると真っ黒になる、というのではなく、手は綺麗でも鼻糞をほじると真っ黒だったのだ。これは空気が汚かったからに他ならない。

その後、沖台の中小工場群はなくなった。北九州の空は、かなり綺麗になったはずである。しかし、光化学スモッグとは…… 飛来物質によるものか。


そういえば、梶尾真治が、門司を舞台にした小説を書いていた。「生臭いにおい」というようなことを書いていたが、私の記憶の「魚粉のような」と同じものだろうか。

この胸いっぱいの愛を (小学館文庫)

この胸いっぱいの愛を (小学館文庫)

タイムスリップした先はもっと昔だろうと思っていたが、80年代であった。昭和は遠くなりにけり。