大正の趣意書

趣意書*1
【説明】 趣意書は、人を動かすやうに書かねばならぬ。図書館を設ける趣意書なれば第一に書籍の必要から図書館の必要を説き、進んで西洋の文明は、図書館から産れたものであると言ひ、第二に我国の図書館のすくない事から、我が町村は商工業の隆なること県下第一で、すべての公益事業も完全してゐるが、図書館のないのは、一の欠点であると云って、押へて之を刺激し、第三は、近時国民の間に堕落腐敗を歎く声の高いのは、読書による高尚な趣味がないからであると云ひ、第四に、全体をしめくゝりして図書館の設立は、さう大した費用はかゝらないが徳育を補ひ、文明の普及を助けて、国家に貢献する利益は大きいから、目下我が町村の急務は、図書館の設立にありと云って結べば好い。


【文例】
      図書館の設立の趣旨
 文明の媒介者として、最も有力なる者は、書籍なり。されど、書籍は限なくして、購買の資は限あり。購買の資を有する者少くして、之を有せざる者多し。図書館の設備ある所以なり。さすがに欧米諸国には、小なる都会にも、必ず図書館の設備あらざる無し。文明の普及せるも、宜なる哉。
 我日本にても、市以上の都会には、一つ以上の図書館あれども、県庁の無き処は、幾んど図書館無し。文明の普及を妨ぐること、少しとせざるなり。我が太田町は、県庁をこそ有せざれ、人口二万五千を有し、日本国中有数の都会なり。商工業の隆なること、之を市の中に列するも、中以上に位す。其他、慈善事業、公益事業なども、他に比して毫も遜色なし。独り図書館の設備なきは、 一大欠点にあらずや。
 遊惰荒淫は、国民の鴆毒なり。近時堕落腐敗を嘆ずるの声徒に高くして、さばかり効果のなきは、畢竟するに、之を救ふの具なきに由る、図書館の設備は、悪しき誘惑を避くるに、最も有力なり。啻に文明普及に効あるのみならず、徳育上にも、大なる効ある者と云ふべし。
 一図書館の設立、もとより多くの費用を要せす。而して徳育を補ひ、文明の普及を助け、国家に貢献すること大なり。吾人は断言す、太田人士の即今の急務は、図書館を設立するに在りと。

(p525-527)

大町桂月『模範作文講話』


群馬県のも、茨城県のも、岐阜県のも、こんなに人口はなかったろうから、架空の町名なのだろう。

*1:第五講「議論文」のうち。他に「遠足會設立の趣旨」「建碑の趣旨」「雑誌發刊の辭」