大奥の言葉

『旧事諮問録』の大奥のところにこんなのがあった。

◎問 将軍の御言葉はどういう風ですか。古本《ふるほん》で二代将軍の御言葉を見ましたが、「おじゃる」というようなことがあったようです。やはりそんな言葉を遣《つか》ったのですか。
◎答 御自分様のことを「こちら」と申されました。
◎問 御付の方の言葉は、やはり遊ばせ言葉でしたか。
◎答 さようでございます。
◎問 下方《しもかた》で遣っている遊ばせ言葉と同じですか。
◎答 さようにございます。将軍様は御自分のことを、自分が自分がともおっしゃったこともございました。此方《こちら》とか自分とかおっしゃいました。
◎問 御台様は何と申されましたか。
◎答 御台様は「私《わたくし》」とおっしゃいました。私は嫌いじゃとか、好きじゃとか、あーじゃ、こーじゃとおっしやったのでございます。公方様は、いやだ、好きだとおっしゃって、別に通常の言語と変ったことはございませぬ。
◎問 彼方《あなた》がたが御台様に何かおっしゃるときは、何というのですか。
◎答 御前《ごぜん》と申します。
◎問 将軍家には。
◎答 上《かみ》と申します。この御湯取は上のであるとか、上の御|薬缶《やかん》だとか申すのでございます。