ら足すことば3

金沢康隆『俳優の周辺』演劇出版社 昭和31.4.10

歌右衛門が戦前に「ひらがな盛衰記」の千鳥をやったとき「二人の親御に憎まれて」を「憎まられ」と平気で言ってゐたことがあった。見るに見かねて、憎まられるのを覚悟で直してもらったが、口頭伝承の彼等のセリフには間々かうした誤りが起るのである。(中略)「関の扉」で勘三郎の宗貞が初役のとき、「関の四方を囲まられよ」と誤りいふセリフを正しく言直すのに何日もかかったことを考へても、伝統芸術における伝承の正確は最も尊重されなければならない重大事である。

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原文では太字でなく傍点。