「さとやま」

四手井綱英氏がなくなられたことについての報道で、「里山」という言葉を造語した、と紹介していた*1


定義をして使うことにしたのは、そうなのだろうが、それまで無かった語であるというわけではない(もちろん、地名・人名の話ではない)。

里山や雉子の羽色の朝ぼらけ

という句が、中川文露撰「花林燭」(享保四年跋)に載っているらしい。
文琰という人の句である*2

里山のなぞへの道をくだる馬草枯れたれば夕日にあらは

という歌は、昭和二年、藤沢古実の歌集『国原』にある。
だいぶ新しいが、俳諧や短歌で、「里山」が使われていたことを思わせるものである。


「郷山」も「さとやま」と呼ぶ可能性があるのだな*3
この意味での「郷山」の例としては、樋口清之『日本木炭史』(1960)程度、手許にあるのは。


wikipediaによると、有岡利幸里山Ⅰ』(法政大学出版局、2004年)で、1759年というから宝暦頃の用例を報告しているようだ。上の文琰は、享保4年だから1719年で、それより遡る。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E5%B1%B1


他にも、あるけど、その本を見てからにしよう。

里山〈1〉 (ものと人間の文化史)

里山〈1〉 (ものと人間の文化史)

と思ったけど、一つだけ。

『語りつぐ昭和史3』朝日文庫にある、大和田啓気氏の回想。

 大和田 農地改革のあとで林政関係者で山林解放について多少の希望をいった人はいたけれど、農林省のなかでは力になりませんでした。山には里山と奥山とありますが、農地のように、地主制度を変えて関係者に分配すれば生産力が上がるというふうに、必ずしもいい切れない面があるんです.里山は農家に渡しても、奥山は国や県が管理するというほうがいいではないかという意見が当時もあったんです。

語っているのは70年代ぐらいなので、「当時」の記録が見たいところ。

語りつぐ昭和史〈3〉 (朝日文庫)

語りつぐ昭和史〈3〉 (朝日文庫)

補の補

お教えいただきました。
四手井氏の『森林はモリやハヤシではない 私の森林論』(ナカニシヤ出版 2006年)に、「一林学者の観点から造った用語と、かつてはあったが、死語となった用語とが一致し、よみがえり、全国に通用するようになったということだ。」と言及があるそうです(p.191)。

また

上記、有岡氏のものも見てみました。同じシリーズに四手井氏の『森林』(1〜3)もあるものでしたが、有岡氏の言及のしかたが、四手井氏の名前を出さずに、京大農学部森林生態学の某教授、というような書き方で、落ち着かないものを感じました。


林政史関係の本も見ようと思ったのですが、『日本林制史資料』などというのは、何十冊もある本なので驚いてしまいましたし、いくつかの研究書もぱらぱらと見てみたのですが、すぐには、関連記述は見いだせそうになく、撤退しました。

*1:http://www.nikkoku.net/tomonokai/toukou_card.html?snum=173http://www.nikkoku.net/tomonokai/toukou_card.html?snum=174

*2:女子学習院『女流著作解題』による

*3:国史大辞典』「じょうのうやま 定納山」の項(所三男)。ただし「ごうやま・ごうばやし 郷山・郷林」(所三男)、「さとやま」の項なし