幻の元禄肩凝り

矢野忠「「肩こり」とその背景」(『全日本鍼灸学会雑誌』四十六-二、一九九六年*1)に、「元禄元年(1688年)に出版された浅井貞庵の『方彙口訣』下巻の肩背痛の項」と、「天保2年(1831年)に発刊された『医療察病考』の肩背痛の項」に用例があるとの指摘があるのに気づき、これはしまった、と思った。
 江戸時代の専門用語としての肩凝りを調べるつもりがなかったとはいえ、このような指摘があり、しかも元禄期ということになれば、百年ぐらい遡る感じになり、あわてる。
 付載の図版によれば『方彙口訣』は「肩ヨリ背の方に強《ツマ》リテ痛ム有リ 背ヨリ肩迄ヘ凝ルアリ」、とあり、矢野忠のよみと少し違うし、「強《つま》る」も面白いが、図版から見て、版本ではないように見えて、そこに疑義を抱いた。
 医学部の図書館に、ありがたいことに、『方彙口訣』のはいる『近世漢方医学集成』というのが入っていたので、別キャンパスへ見に行った。取り寄せるよりも行く方が早い。

で、やはり底本は写本なのだが、浅井貞庵(正封)の講述を男正翼が筆記し、その歿(1829)後、孫正贇が補考したもので、慶応元(1865)年の正贇による識語を有する。
 この『方彙口訣』が基づいた本である『古今方彙』の初刻が元禄元年であると春陽堂復刻版の解題にあるようである。正贇の識語にも「本書を校刻し」と書いてあって、版本があったのかと誤解しそうになるが、この場合の「本書」は「この本」ではなく、基づいた本、注釈の対象とした本、ということである。


見落としだったけれど、「校正時付記」として、最小限のことを書いておくことにしよう。


写本でも、「〜刊」と気軽に書いてしまうのかな。刊は「ケズル」なのだが。
http://www.jstage.jst.go.jp/article/kampomed/59/4/609/_pdf
では、「1865年刊」と書いてある。

『医療察病考』は「肩背ノ強クコルコト久キハ必ズ背癰若クハ内癰ヲ発セン 肩ノコリ痛ニ……」であり、これは、「肩のこり」という名詞の形としては、早い例のようで、ありがたい。これは、すぐに見られないので、後々の宿題としたい。


『臨床漢方処方解説』オリエント出版か。