中国・書市
9月1日(星期二)
図書館に借り出し証を貰えるように受け付けに行くが、またしても駄目であった。今は教員は扱っていない。来週来いと言う。
9月2日(星期三)
午後からバスに乗って街へ。
まずは前から気になっていた外文書店の奥や3階に行く。あまり大したものはない。白川静『金文釋義』の同じ巻が何冊もあったり、森田良行『基礎日本語』が2巻だけ何冊もあったりする。3階では本物の『角川古語大辞典』が1冊だけ置いてあったり、『日本古典文学大辞典』が1冊ぽつんと置かれていたりする。
新華書店の2階には理科系の本が置いてあるのだが、漢方医関係は面白そうである。降価コーナーには『水滸詞彙』などもあって、買おうと思ったが、行きは小銭が無く、帰りは伝票切りが居なくて、買えなかった。
久しぶりに古旧書店に行ってみるが、辺り一体が瓦礫になっている。附近に無いかと探すと、すぐ見付かった。しかし随分店舗が小さくなっている。以前見ておいた面白そうな本は全部仕舞われているようだ。或いは処分してしまったのか。また古旧書店の隣に有った古本を扱っていた店も見当らない。引得も沢山あったのに。しかし、人文研『唐代研究の栞』が、端本で何冊か売っていたのを買い逃したのはとても残念でならない。
9月5日(星期六)
今日も街へ。確か今日から書籍市が有るように書いてあったと思ったからだが、実際に行って見てみると9月9日からと書いてあった。新華書店に行き、先日見ておいた値引本を買う。
9月7日(星期一)
図書館に行こうとして念の為に電話してもらうと、「午後に。写真と10元持って来い」、という話である。しかし話が具体化してきたのでもう怒らない。
午後、行ってみると実に簡単に借書証が出来た。金を払い、私の名前と、付き添い教員の名前を領収証に書く。借書証の写真欄に写真を張って、その上からスタンプを押して、私が名前を書いて、更に1冊に付き1枚必要なカード20枚にも名前を書いて、はい出来上がり。こんなに簡単ならどうして7月にして呉れなかったのだろう。有効期限も書いてないので、年度末だからというのは理由にならない。しかし、ともかく本が借りられるようになったのだから喜ばなければならぬ。以前に文学部の先生が来ていた時には、中国語の図書の貸出しは認められなかったというのだから、中国語の本でも日本語の本でも借りられるのには感謝しなければならない。さっそく以前から懸案の本を借りに行く。ところが一番見たかった王力『漢語詩律学』は、つれなくも「没有」であった。誰かが借りているのか行方不明なのかは分らない。しかし、李新魁『漢語等韻学』が借りられたのは良かった。高松政雄『日本漢字音の研究』も借りる。
9月8日(星期二)
夜は「陝西省慶祝1992年教師節文藝晩会」というのに連れて行って貰う。鐘楼から少し北に入った人民劇院で行われる。驚いたのは毛沢東のそっくりさんが出てきたことだ。ただ、声や言っている内容をどの程度似せているのかが全く分らないのが残念であった。しかし観衆は大喜びで、子供たちも拍手喝采していたから、結構似ていたのかもしれない。
9月11日(星期五)
3時から西安市公安局の法律説明会。話によれば外人解放地区と言うのはガイドブックなどに書いているのよりもややこしいようだ。ガイドブックには「西安市は解放地区である」と書いてあるが、西安市に属する藍田県でも、藍田の町には行けるが、藍田原人の所は未解放であるという。解放地区かどうかは外事処に尋ねよ、と行っていたが、何か資料が有るのであろうか。
9月14日(星期一)
資料室から、老舎の『駱駝祥子』、陳舜臣の『崑崙の河』『北京悠々館』を借りてきて、『駱駝』と『崑崙』を読了。
9月15日(星期二)
『北京悠々館』読了。
9月18日(星期五)
教研室から借りてきた井上靖『崑崙の玉』をざっと再読する。
9月19日(星期六)
町へ本を買いに行く。書市だ。五角を払って入場。1階は新刊本展示即売会。2階は狭いスペースで降価本があり、3階には古旧書店の特選本コーナーと言うのが有って、清朝の版本などの古本も売っていた。持ち出し禁止であろうから目に毒だ、というのと、あまり時間が無いのとで、ゆっくりとは見なかったが、黄遵憲『日本国志』があったほかは目を引くものはなかった。同じ3階には内部流通のコーナーも有ったが、ここは単位の紹介状か工作証を見せて入るようになっていて、外国人立入禁止の為であろう。外から覗いた所ではあまり面白そうなものもなさそうに見えたので、工作証の表紙だけを見せてさっと入る、というような冒険はしないことにした。しかし、中国は万国著作権条約やベルン条約に加盟したというのに海賊版を作り続けて良いのであろうか。ある程度見てから、時間を見計って建物を出た。ところが、建物の外に降価本のコーナーがずらりと並んでいることに気づいてしまった。あわてて見て回ったが、『杜詩引得』を9元で買った他にはあまり買えずに残念。出遅れたことを悔やむ。また来ようと決意する。
9月23日(星期三)
バスに乗って書市へ。古籍書店のところで山の様に買ってしまい、持運びに苦労する。3階の特選コーナーでも1冊民国の頃の本を買う。まだ欲しいものも有ったので、学校のバスに置きに行くことにする。雨に濡れながら行くと、バスは居るが閉っている。暫く待つと運転手さんがいたので、開けて貰って荷物を置いて再び出かける。そして又沢山買って帰る。
9月26日(星期六)
Y先生から電話で呼出されて教研室のパソコンをいじる。Y先生にCHINAPAC*1のことを聞いてみると、長途電話局の人が言うには、5年ぐらい掛かるだろう、という事である。
9月27日(星期日)
朝から南コース。長安路に出て、テレビ塔よりも前で右に曲り、西に向かう。草堂寺から行くようである。木塔寺のあたりからであろう、南西に折れる。途中の道で車が渋滞していたが、橋が壊れているらしい。バスなども何台か止っている。運転手はターンする。やがて車は左に折れ、西に向って走るので、目的地はやはり、草堂寺である。灃河を渡り、戸県に入り、左に折れて南下する。運転手は道を聴き/\左折すべき場所を探す。
ずっと走り、香積寺に向っているのかと思ったら、ちょっとした坂道を登ると、そこは興教寺であった。時々曲っていたようだったが、北上することなく東に進んでいたらしい。
香積寺在子午谷正北、近昆明池鎬水発源之処〔雍録〕大漢和44518-200