どうにもとまらない

別の本を借りようと行った図書館だが、舌津智之『どうにもとまらない歌謠曲 七〇年代のジェンダー』昌文社ISBN:4794965486取ってみると面白い読み物だ。
 どこまで本気なのかが分かりにくいが、歌詞の「誤読」*1は誤読として認めているようだ。しかし気になる点もある。一番気になったのが、水前寺清子の「大勝負」の二番、「一つ女は……」である(p74-75)。「女は守らにゃならぬ」「女はだましちゃならぬ」と来るわけだが、その次は「女は溺れちゃならぬ」ではなく「女溺れちゃならぬ」である。
 つまり、最初の二つの「女は」も、「女ガ+ハ」ではなく「女ヲ+ハ」である。「(男は)女を守らねばならず、女をだましてはならない、そして女に溺れてはならない」と言っているのだ。三番でも「命は大事に使え」「命はいつでも捨てろ」の「命は」が「命ヲ+ハ」の意味であることからも、作詞者がそのつもりで作ったことがわかり、当時それを聞いた小学生の私がそう解釈する背景となっていたものである。

 なお、「前向け 右向け 左向け」は、小学生当時は分からなかったが、あとになって「前を向こうが 右を向こうが 左を向こうが」という意味であることに気付いた。

p109あたり、「女のみち」の「捨てたあなたの面影が」の解釈について、「(私が)捨てた[あなたの面影]」という解釈と、「[(私が)捨てたあなた]の面影」という解釈の二つを示しているが、「[(私を)捨てたあなた]の面影」という解釈も成立ちうるであろう。

p167あたりのピンクレディーについて。
 私はピンクレディーというのはいやらしい(性的な)歌手であると思っていて苦手であった。ペッパー警部の歌詞も、この本に引用してあるように性的なものを想起させるものであると当時(高校一年生)感じていて、ピンクレディーが、大人から子供までの人気者という歌手であるという位置附けがどうも判らなかった。私にとって、ピンクレディーの歌を口ずさんでしまうことは、非常に恥ずかしいことであった(女性用品のCMソングを口ずさんでしまうことに比べればマシであるが)。
著者は、私より三つか四つ年下のようだが、そのあたりの年齡層では、引用してある文に指摘されるまではそういう感覚はなかった、ということなのだろう。

第一章の同棲解消歌。これが抜けている、というような指摘は意味のないことだと思うが、メジャーコードの同棲解消歌として、「また逢う日まで」の他に、キャンディーズの「微笑がえし」を加えておきたい。「優しい悪魔と住み慣れた部屋」から「ふたり別々」に「歩いて行く」*2。メジャーではあるが、「おかしくって涙が出そう」なのである。

*1:聞き手の思いこみにおる歌詞の改変をも含む。

*2:【後の補い】「わたしたち お別れなんですね」という歌詞もあった。