うなぎとりめせ

ネット上で見つけられなかったので。

江戸前大蒲焼 烏亭焉馬
鱧《はも》の骨《ほね》こまかなりといへども 是《これ》をきらば味《あぢは》ひなん 鱣《うなぎ》の筋《すぢ》長《なが》しといへども これをさかば骨《ほね》なからん 魚《うを》を製《せい》する事|此理《このり》に同《おな》じ されば治《おさま》る君《きみ》が代《よ》の みなかみ清《きよ》き大川に 江戸前《えどまへ》の魚《うを》なりといふものありしが かしらちいさくして世にのらくらの名はたてども 淺黄《あさぎ》の色《いろ》の一ト筋《すぢ》に 袖《そで》が浦《うら》のあなごの前を思ひ染《そめ》 つぶ山椒《さんしゃう》のわりなき中に 小串《 ぐし》をもうけて茶漬《ちゃづけ》の菜《さい》や一升の酒の友となりけらし 室《むろ》の八嶋のけふりに引かへ 匂《にほ》ひ門《かど》にくんじてゆきゝの人も咽《のんど》をならす 団扇《うちは》の風《かぜ》に君子《くんし》の徳あり 鱣《うなぎ》一本手にもつならば 天《てん》へも登《のぼ》らんとは吉兵衛がむかし語《がた》り 皿《さら》に並《なら》べたる中串を見《み》ては 御祓《みそき》ぞ夏のしるしなりけりと家隆《いへたか》もよみてん すけるものは価《あたひ》を惜《をし》まず 誠《まこと》に松江《ずんごう》の鱸《すゞき》も此《この》珍味《ちんみ》にはおとるべし 爰に大坂屋のあるじ数年鱣を商ひ 旅《たび》と江戸とをわかてる事 耆婆《ぎば》が医王樹《ゐわうじゅ》をかざすにひとしく おいらんの客《きゃく》を見るが如し こたみ蒲《かば》やきのみせを開《ひら》き 江戸ツ子の性《せう》をあらはして 三升の目印おしたつれば 門前《もんぜん》に市川をなす 嗚呼《あゝ》つがもない三ツ升や およそ氷《こほ》らぬ水の筋《すぢ》とは 宝晋斎《ほうしんさい》の柏筵《はくえん》をほめたることば 今に絶《たへ》せぬ水のすぢ 筋といふもうなぎの名《な》 見世|次第《しだい》に徳《とく》ありて たんと売らせ給へや 
(戲文規範による)