万愚節
日本国語大辞典は第二版でも「April foolの訳語」としているようだが、これは、All fool's dayの訳語とすべきでしょう。
「万聖節」All saint's day の対。
『明治のことば辞典』東京堂isbn:4490102208、明治44年の『模範英和辞典』を載せるが、実際の用例として、徳川夢声の句、
万愚節などおろかしき芽独活かな
夢声戦争日記4(昭和十九年四月)
を挙げておく。季語になっているので、歳時記の詳しいのを見れば、もっと用例は拾えるだろう。
新村出『童心録』(著作集12)によれば、
四月一日の午前、親知の間柄で軽妙また巧妙な手をつかつて人の虚をついて戯れる所の冗談をエプリルフールといふ。四月馬鹿と訳し、又その日をオールフールズデイ、万愚節とも名づける。西洋人が無邪気に陽春の半日を楽しむ四一愚人日の習慣も明治大正の交から日本にも入り来り、一部の新文化人をふざけさせよろこばせて居たが、今年は久しぶりにそれが復活して、
とのこと*1。これは昭和21年の筆だ。「復活」というのは、禁止とか自肅とかがあったのだろうか*2。それはさておき、その時代の用例も見てみたい。
横溝正史の処女作「恐るべき四月馬鹿」は、大正十年とのことだが未読*3。大正12年の4/1には、芥川龍之介が南部修太郎をひっかけたと、全集索引の年譜に見える。紀田順一郎『日記の虚実』によれば、大正7年に徳冨蘆花が妻を。
槌田満文『名作365日』講談社学術文庫では4/1に泉鏡花「六之巻」*4を紹介。
こうしたものに「万愚節」という語は出ているだろうか。水野仙子「嘘をつく日」*5も大正。稲垣足穂「一千一秒物語」にも「四月馬鹿」が見えるが、「万愚節」はない。
おまけ1 インド起源説
新村には「四月馬鹿考」(著作集13)もあって、そこに、
そもこのエープリル・フールといい、オールフールスデーという衆愚俗は、欧州諸国、英仏から独伊へとかけ、むろんアメリカにもおよび、たぶんソ連にも行われているかと思うが、その起源は不明である。ギリシアないしローマの古俗ではないようだが、こじつけでローマやキリスト教の民俗に関連して説明する学者もあり、遠くインドに発祥するといい、しかも仏教から由来するという異説も存する。なお日本の民俗学者には、その習俗はインドから逆に西洋に伝播したのだと考え得るとさえ説く人もある。
とある。このインド起源説がどこから始まるかは知らないが、日置昌一『話の大事典』第二巻に概略が見える*6。
四月馬鹿の由来についての一説には、インドの佛教徒が三月の末に一週間坐禪を修行する、これをやっている中は悟りの境地になるが四月一日になるとぼうっとして元のもくあみとなる、それで四月一日に揶揄う行事をやったのが、欧州に傳えられたというのである。
新村「四月馬鹿考」には、
精細は拙著新刊の『四月馬鹿愚考』に出した。末弘厳太郎博士の名著たる『嘘の効用』の改訂版を第一巻とせる『烏有叢書』の第二巻、大阪の無何有書房の刊行である。
とあるけど、この本、出ているのだろうか。『嘘の効用』の無何有書房版も知らない。
附記
これは、新村出の仕込んだ四月馬鹿なのか、とようやく思い当たった。発表は、昭和二十一年三月三十一日「夕刊新大阪」ということだから、少しフライング気味だが。
おまけ2 不義理の日?
朝日新聞の天声人語で、1989年と1991年の4/1に取り上げられるなどしている、江戸時代の「不義理の日」。89年には「ものの本にある」とあるが、これについて、私は、日置昌一が書いてあるより以前のものは知らない。『話の大事典』で、
元禄快擧録外傳によれば「堀部安兵衛ほどのものが、義理ある叔父の手紙を讀みもしないで、投げ出しておくわけがなく、天竺より傳わる話に『四月一日は不義理の日』と申し親しき間に文函を送りてお互に平常の久闊を叙するしきたりあり、安兵衛も學ある者なれば、不義理の日の定まりたる手紙とおもって打ち捨てて置いたのだ」という意味が記してあるが、これはちと怪しい。
とあるが、この「元禄快擧録外傳」が分からない。福本日南『元禄快擧録』*『元禄快擧眞相録』の影響下にある本なのだろうが、よく分からない。三田村鳶魚『元禄快挙別録』*でもない。
元祿快擧眞相録は、近代デジタルライブラリーに入っていないのか。
(その後、入った。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950825 )
日置昌一は記憶力が強くて、文献は手許に置かず頭の中のものを引用している人なので、題名の勘違いだろうとは思うのだが。
「元禄快挙録外伝」で検索したら、こんなページがありました。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/kenha/april.html
「四月馬鹿」について、いろいろと書いてあります。郵便報知(M20)の記事や風俗画報の記事は有り難いです。
「元禄快挙録外伝」のことは、『週刊読売』昭和51年4月10日号によっているらしいけれど、これは日置昌一をそのまま引いているように見える。
ほかにも、「不義理の日」を書いているページは多いけれど、これという出典に行き当ることは出来ない。
インドの「揶揄節」も、そう。新村の言う「民俗学者」は誰なのか。
おまけ3
チェンバレン『日本事物誌』(平凡社東洋文庫 高梨健吉訳)ISBN:4582801315
何年か前に、「四月馬鹿」の習慣は日本に採り入れるべきか否かの問題が深刻に討論されたことがあった! この特殊な提案は、たまたま拒否された。
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