物怪

http://d.hatena.ne.jp/kokada_jnet/20070512#p3
を見て。



「物怪」を「もののけ」と読んだ例は、『書言字考節用集』*1にはあります。『書言字考節用集』は享保二年(1717)の刊行で、平田篤胤よりも古いものです。(慶長古活字板『太平記音義』にもあるようです*2。)

「物怪」を「もののけ」とは読めない、というのは、おそらく、『平家物語』「物怪之沙汰」など、中世以前においての話ではないかと思います。通常、『平家物語』では、「もっけ」という読みが選ばれています((「もののけ」と読んでいる、後世のテキストもありますが。))。平家の諸本にもあるようですが、「物怪」を「もっけ」と読むのは、古本節用集にも見られるものです((奈良女子大学提供の阪本龍門文庫蔵節用集で、やや字体が違うものの見ることができます。))。


一方、「物怪」を「ぶっかい」と読んだ江戸時代以前の例は、残念ながら私には見出せません。音読を選ぶのであれば、「ぶっかい」よりも「もっけ」ではないかとも思えます*3。と言いましても、私は「稲生物怪録」については、何にも知らないのですから、「稲生物怪録」「稲生亭物怪録」「稲亭物怪録」等の写本などに、「ぶつくわい」の読みを付したものがあるのかもしれません。あるいは、平田篤胤全集(明治のものですが)などに「ぶつくわい」の読みを付したものがあるのかもしれません。


江戸時代は、漢学の隆盛もあって、呉音読みから漢音よみへの切り替えが行われた語もあるような時代です(明治になると一層そうなります)。その流れに沿って、「もっけ」という呉音よみから、「ぶっくゎい」という漢音読みへ切り替えが行われた可能性もあります。平田篤胤は、漢音読みをよくしていた、ということであるのなら、「ぶっかい」という読みの可能性は高まります。



なお、『国書総目録』にも読み誤りはあります。実物を見れば簡単に覆ってしまう誤りもありますし、「誤り」とまではいかないまでも、通常の読み方と違うものもあります。「通常の読み」と言っても、学界によって、あるいは学派によって異なる場合もありますが、いずれにせよ、『国書総目録』のよみで正否を決めるのは、いかがなものかと思います。とりあえず、揺れがないように(索引等の立項の際に引き漏らしがないように)、『国書総目録』に従っておく、という態度なら問題ないと思いますが、『国書総目録』とは違う読みだから「誤り」というわけには行かず、その『国書総目録』のよったところを知りたいと思うものです*4

補記

森正人の指摘」というのは、
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000972697/
でしょうね。

なおなお補

稲生物怪録」という題名は、平田篤胤以前からあるようですが、何時からあるのでしょう。私は、これについて知らないのに書いてしまいました*5

なおなおなお補

井上円了の、『妖怪学講義』で出てくる、「物怪」「心怪」は、ぶっくゎい・しんくゎいであろうと思われます*6。「稲亭物怪録」も引用されます。このあたりを根拠に「ぶっかいろく」と読むべし、という主張ならば、納得出来そうな気もします*7

*1:『書言字考』の全頁ぐらい、ネット上に転がっているだろうと思いましたが、見当たりません。谷村文庫のは巻頭巻末だけですし。

*2:http://ci.nii.ac.jp/naid/40001406796/ による。巻五。

*3:訓読を選ぶなら「あやしび」というのもあると思います。

*4:『国書解題』には載っていないように思います(叢書の篤胤全集のところに題名だけ見えますが)。

*5:香川大の神原文庫の本には天明の年が記されているようです

*6:「凡そ妖怪の種類は之を細別するに幾多あるを知らずと雖も之を概括すれば物怪心怪の二大門に類別するを得べし。物怪は之を物理的妖怪と称し、心怪は之を心理的妖怪と称す。」

*7:が、平田篤胤がそのように意識していたのでしょうか