バイクで筑後方面へ


1983.9.12(月)バイクで筑後方面へ
朝起き、まずシャワーを浴びる。外を見ると曇っているようだが、天気予報は午後には晴れるという。決行である。地図帳・古書店地図・目録などを積み、九時半過ぎに出かける。まだ地面は濡れている。立花寺の方から三号線に出ようと思うが、よす。昨日あたりから多くの店でガソリンが値上げされているはずで、国道沿いは高いに違いなく、それで裏の県道を選んだのである。しかし適当な値段の店はなく、今のまま行けるところまでゆこうと決意する。三号線に合流したあと、このまま久留米まで行くと基山あたりで混むのは必定なので、小郡経由で行くことにしていた。それで甘木方面に折れ、すぐ右に曲がるのだが、その右に曲がる道がちょっとわからず、裏道を通って行く。空は暗くなり雨がぱらつき出す。今日は悲惨なことになるかもしれない。本どころではないかもしれない。小郡の町中から小郡久留米線を見つけるのにも少し手こずる。しかし一旦川沿いの道に出ると、ここは以前通った道、不安もなく風に向かい車を進める。久留米に着く。


先日行ったとき閉まっていた横山書店が気になり、のぞく。イェルスムレウ『言語学入門』が五百円。それとEnglish Journal別冊とやらの『英語の辞書』という本、惣郷正明が書いていたり古いところのものの写真もあるので、四百八十円出して買う。少し寒く便所を借りようとするが断られ、近くの公園ですます。その時バイクの鍵を落とし、あやうく側溝蓋のアナの中へとびこむ所であった。旅先では鍵は二つ持つべきであろうか。

松石書店をちらりとのぞき、八女へ向かう。もう天気は心配あるまい。この辺は三号線と言っても大した道ではない。八女市に着き地図を頼りに探すが、三楽堂はなかなか見つからない。電話するが出ない。花屋で聞くと、あそこは古本屋なのか、という感じで教えてくれる。行くと、確かに本が積んであるだけで店という感じはせぬ。臆せず入って行くが誰もいない。声を掛けるが居ない。あきらめかけると婆さんの姿が見える。声を掛けると、こちらに気付いた様子ではないが、近づいてくる。私の目前に来たところで私に気付き驚いた風。辞書の類はないかと聞くと、あまり店売りは熱心でなく、お得意さんを決めてやっているとのこと。かといって目録も独自には発行せず、久留米で古書市をやるときに参加しているだけとのこと。最後に自分の名を告げるが、名刺はないかと先方が言い、やはり必要かと思う。

羽犬塚を通って大牟田へ。そろそろガソリンを入れねばならない。八女を出てすぐの所に「ガソリン安し」との看板を見るが、右側にあるし引き返すのも面倒なので先を急ぐ。しかし値を表示している店はどこも155円である。協定を結んでいるのか。安いところはなさそうで仕方ないので適当なところにはいる。しかし店員が居ぬ。クラクションを鳴らすとやっと出てくる、という無愛想ぶりである。6リッター丁度、九〇〇円という。すると150円である。この店も看板には155円とあるのだが、協定に面従腹背というわけなのだろう(ちなみに福岡市周辺は各店共通の「155円以上」[「以上」は小書き]という看板であった)。バイクの次は自分の腹を満たさねばならない。なにか食いやすい店はないかと探しつつ行くがない。郊外型食堂の類が全くないのだ。困る。又、大牟田市の地図にまだ古本屋を書き込んでいないので、どこかに腰をおろしてそれをやらねばならないので、どうしても食べておきたいのだ。しかしそうこうしているうちに大牟田市内に入る。こうなると一気に南進して、熊本県で飯を食うというのも一興だ。そして北上しながら、店を回ればよい、と考える。大牟田を通り抜け荒尾にはいるとますますなさそうな感じで、中心部へ戻るようにして引き返す。道路沿いには何もない。普通の食堂で……と妥協しようとしていると古本屋が見つかる。覗くと大した本はなかったが、古書店地図にないような名だったので、一応田辺元『哲学通論』(岩波全書)を50円で買う。すると案の定、店名住所などのスタンプを押した紙で包んでくれた。これでよい。

さらに北上する。このまま行くと抜けてしまうのであきらめて、きたならしいラーメン屋に入りチャンポンを頼む。そこの女主人と女の客が男の甲斐性についてだろうか悪口を言っている。私は地図に印を付けている。食い終わり金を払うと、「自分達の話をして悪かった」というので、気がなごみ、便所を借りてそこを立ち去る。

徳田書店というのが近いのでそこへ行くが見当たらぬ。ここはどうも目録のみの店のようにも思える古書店地図の書き方であるので電話するが、出ない。仕方ない。余所の店で聞けばよい。又瀬戸文庫はここから一番遠いのだが、先日三池書房の主人の名が瀬戸だとわかったので、あるいは、と思い電話してみると、「一年前くらいから休業していて息子が別にやっている」ということで納得。まず一番わかりやすい松花堂から行け、というのでその通りにする。

たしかに大牟田駅に近いところにある。そこでは、大系の今昔四五、全集の洒落滑稽人情を手に取ってみるが、どれにも値段の表示がない。全集本を女主人に見せると、どうやら当時定価の一五〇〇円より高く売る気らしい。よって買わず、古雅書店を教えてもらう。アーケードの中にあり。バイクは押して行く。

なかなか立派な古書店である。和本を見ると『文語粋金』の別の増補版が二〇〇〇円である。以前のも二〇〇〇円だったので、これも買っておこうと思う。文庫では、岩波、円朝の『塩原太助一代記』が250円。少し高いかとも思ったが、めくって見ると「何もしず」というのが見え、急に欲しさが募る。又見ると岩波講座の日本文学が各一〇〇円とある、やはり『点本書目』はない、東条操の『方言云々』を手に取る。他に馬琴日記の一二巻が三〇〇〇円であったが、手が出ない。結局その三冊を買い、次の文栄堂書店をたずねる。少しわかりにくかったが、あまり本はない。読み物として面白いものはあったが、買う金はない。

次は三池書店である。文栄堂から本通りに出るのに少し手間取ったが、店はすぐ見つかった。先日の通信販売の金を払う旨を告げ、店内を見る。月刊言語二〇〇円が二冊。内一冊は既に持っているもので棚に戻す。他に面白そうな論文がある「玉藻」というたしかフェリスの紀要*1があるが、値段が付いていない。一〇〇円なら買おうかと値を聞くと二〇〇円というが、えい面倒だと、言語(1977-7「漢字と日本人」)と二冊を買う。通販代一二五〇円と足して金を払う。バイクでわざわざ来たのかと聞かれる。

残るは大牟田書店である(徳田が目録だけというのは松花堂で確認した)。少しはずれた場所にあり行ってみたが、モノは何もない。奇想天外の古いものが二〇〇円であるが、もう買わない。

時計を見ると四時半である。佐賀に着くのは六時前。三瀬越え*2は真っ暗だろう。しかし佐賀には是非行きたい。勿論ゆく。柳川・大川を素通りし佐賀の街へ。

まず西村温古堂。唐宋八家文の字引が下だけなのだが、千円なのでそれを購入*3

季節書房では去年の夏見た月刊言語の古い号が各一三〇円で二冊まだ有り購入。

増田敬文館へ行く。ここは二年連続閉店していた店である。文庫を引っぱり出しながら見ていると怒られる。「あんたの探しよる絶版の本はない」という。「国文学」と言っても「ないない」と手を振る。仕方なく普通の棚を見ていると、古典全集の平家物語下が五〇〇円である。これは文庫本ではないのかと思いつつ、それをおそるおそる買う。しかし今から思えば名著全集の和歌和文集の一冊(「藤簍冊子」収録)が、たしか一五〇〇円だったのだが買わずに来てしまった

堀端を西進すると佐嘉神社あたりに「祝結婚 湯原昌幸氏、――さん」とある。一体なんだろう。

求美堂にはいるとガラスケースの中に明治初期の漢語辞書らしきものが。見るとたったの三〇〇円。読本字引は七〇〇円。玉篇もどきが五〇〇円。唐音の歌、多分清楽のものもあったが、これは四〇〇〇円で手が出ない。又それほどの価値もない。又、名著全集の膝栗毛上が七〇〇円、人情本集には2,00とあり右の方が消えかかっているがまあ二〇〇〇円だろうと、帳場に持って行く。最初は二〇〇円で計算しようとして「二〇〇〇円でしょうね。それぐらいする本ですか」と聞かれ「ええまあ」と答えてしまい、何となく損をした気になる。

柿内二章堂は入店早々、一〇〇〇円の『ことば遊び辞典』を見つけるが、他には何もなく、それを買う。増補版が出ているが一〇〇〇円は安い。

西を見ても本屋がないので不思議に思い地図を見ると、求美に来る前に一軒見過ごしていた。坂田賛化堂である。小松英雄徒然草抜書』を一〇〇〇円で買う*4。随分丁寧な女店主である。他に大野晋『仮名遣いと上代語』が三二〇〇円、定価の二〇〇〇円引きであるが買わず。

バイクに乗り坂田白山店に行くと店じまいの様子。でも中には人がいる。福岡から来た旨を告げて入れてもらう。そうこうしているうちに他の客も入ってきたりして済まなく思い、何か買わなくてはと思い、橋本進吉国語学史・国語特質論』三〇〇〇円と、俗な日本語シリーズ*5の一冊三〇〇円を買い、礼を言い、デイトス書店の方に向かう。

が、気付かず通り過ぎてしまい、電気が消えていたからだろうと判断し、荷物をちゃんと装備してバイクを北へ向かわせる。大和町などを過ぎて山間部へ。車は少ない、道は暗い。不安である。福岡へという看板を見落とさぬように注意しつつ進む。三瀬峠はやはりすごい坂である。途中で少しスリップしたりしたが、無事福岡の街の灯が見えたときには安堵の胸をなで下ろした*6。七隈の裏を通って金隈の方に出る。そこで又少し迷ったが、九時半ごろやっと家に着く。肩がこっている。疲れた。



佐賀には随分古本屋があったことがわかりますね。

*1:7号

*2:佐賀市から北上し福岡市早良区へ抜ける峠

*3:今の目で見るととても高いが、そのころの九州では和本と言うだけで高かった。

*4:新本で買っていないのがバレる。

*5:『ことばの講座3ことば・話・文章』東京創元社

*6:バイクに乗っているときに胸をなで下ろしてはいけないが、たしか、この頃、この言い方がちょっと周辺で流行っていたのだ。