漱石造語伝説の大源流「漱石が率先して使った新語」

漱石が造語した、と世間で言われるものの大半は伝説である、ということを申し続けておりますが、

続・漱石先生ぞな、もし (文春文庫)

続・漱石先生ぞな、もし (文春文庫)

を見ましたら、「言葉の達人ということ」という章があって、そこで、「新語がいっぱい」として、惣郷正明飛田良文『明治のことば辞典』ISBN:4490102208漱石が率先して使った新語」をあげた部分がありました。

  • 経済
  • 価値
  • 連想
  • 打算
  • 電力
  • 情実
  • 評価
  • 新陳代謝
  • 自由行動
  • 生活難
  • 正当防衛
  • 世界観


漱石造語伝説の一大源流は、この半藤氏の本ですね*1。ただし、この本では、

われわれが無意識に使っている単語など、漱石の考案した訳語がかなり多いのじゃないかと思われる。

と、推察を書いているものです。推察が確認されることもなく広がっているわけです。半藤氏は『明治のことば辞典』と比べてこんなことを言ったわけですが、追随する人は、それを確認するでもなく、『日本国語大辞典』と比較するわけでもなく、さらには『日本国語大辞典』第2版が出た後でも、これを確認してみるでもなく、この伝説を弘め続けているわけです。


「新陳代謝」等の、漱石以前の用例については、
http://d.hatena.ne.jp/kuzan/20070106/1168086774
を御覧下さい。

「肩凝りは漱石から」の淵源

半藤氏は、さらに、吉竹博『「おつかれさん」の研究』*2から、

漱石先生がつくった新造語に「肩がこる」があると、その『研究』はいう。正確には文学作品にあらわれる最初は、恐らく『門』ならんと吉竹氏はのたまわっている。(中略)
 これが最初と思われる証しとして吉竹氏は、大槻文彦の『大言海』も大正元年ー昭和十年版になってやっと「凝る、肩が凝る」という用例が示されるようになったことを挙げている。

を引用している。〈「肩が凝る」と初めて書いたのは漱石〉と言った中で一番古いのは、今のところ、この本のようです。


「肩がこる」に江戸期の用例があること、
http://d.hatena.ne.jp/kuzan/20080403/1206971739
を御参照下さい。

*1:漱石の作品に出てくる語をこの辞典で引いて、載せられているものをあげた、というところでしょうか。あるいは、この辞典を見て、これも漱石が使っている、などと列挙したものでしょうか

*2:ダイヤモンド社 1984ASIN:B000J773PY
http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?txt_docid=NCID%3ABN02789862
1984年だから、ここに引く、高橋昭1996よりも古い。